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 23,2010 おしゃべり人形 READ MORE

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明日はクリスマスイヴ。街はソワソワと浮き足立っているようです。昨日の冬至の夕方、錦糸町。スカイツリーのゲイン塔が頭をもたげてきました。春の土筆のようですね。第一展望台が夕焼け色に染まり、長い夜の始めりを告げているようでした。クリスマスの思い出は人それぞれたくさんあると思います。やはり子供の頃はサンタクロースのプレゼント。サンタさんは煙突がなくても、信じている限りクリスマスイヴに枕元まで来てくれまし...
43年前の今日、弟は新調した羽織袴を来て母の運転する車に乗り込んだ。11月15日、弟の五歳の七五三。小学生の私は家で留守番をしていた。夕方に帰宅した母と弟は疲れきっていた。神社に向かう途中、左折する際、小学生に怪我をさせてしまったらしい。幸いカスリ傷で済んだが、事故処理でお参りところではなかったのだ。七五三の衣装着てどうしていいかわからなかっただろう弟。大人しくて物静かな性格だから、きっと寂しい思...
祖母は自宅で亡くなりました。小学校6年生の5月です。今では病気の場合、病院で死を迎えるのが多くなりましたが、まだ当時は自宅から天国へ向えたのです。家族、親戚、近所の方々が祖母の布団の周りに座り込み、掛り付けのお医者様が脈を診る。閉じた瞼を確認して、腕時計に目をやり時間を告げる。「ご臨終です。」その言葉を待っていたかのように、みんな我慢していた涙を一斉に落とし始めました。静かな悲しみの時間を初めて感...
この下町でも核家族化が進んでいます。私は父の母、つまり祖母と暮らしていました。私の幼い頃の家庭事情はポツリポツリとお話しましたが、祖母の話は詳しくしてなかったですね。祖父母は共に明治の茨城生まれ、駆け落ちして矢切の渡しに乗り東京へ逃げてきたそうです。大恋愛でロマンチックではありますが、当時は大変な事だったようです。関東大震災、第二次世界大戦と死と隣り合わせで生き抜いてきました。母代わりに私を育てて...
小学校6年生の夏休み。毎日学校のプールに通った。今程家庭サービスをする親はいなかったので、夏休みは海水浴より校内プール三昧だった。その夏は特別だった。夏のプールは指導員が就く。それも地元大学生。日焼けした逞しい逆三角形の肉体美。面積の小さいビキニの水着、目のやりどころに困った。女子は「お兄ちゃん」と呼び、周りに群がる。優しい指導員はたくさんの血の繋がりのない妹らに微笑む。プール参加の目的は、この夏...
もうすぐ母の日。世界各国で母の日はあるようですが、一番多いのが5月第2日曜日だそうです。アメリカでは母の日は祝日、白いカーネーションが送られると聞いたことがある。私は母の日に、一度もカーネーションやプレゼントを贈ったことがない。その辺の小学生の方が、よっぽど母親想いだと思っている。小学校低学年の時、友だちが自分の母親に感謝の手紙を書くというので、試しに自分も書いてみようとした。何をどう感謝すればい...
先月の17日に関東は広い範囲で積雪を観測しました。東京も1969年に観測して以来、最も遅い降雪記録に並びました。そう並んだのです、私は41年前の4月17日の雪を今でもはっきり覚えています。幼い頃は雪が毎年降りました。降るのが当然の冬でした。手袋、マフラー、長靴を装備して雪合戦や滑り台も作りました。41年前は小学校2年生。4月15日に祖父が亡くなりました。当時は自宅で葬儀を執り行うのが普通のことでし...
古ぼけた白黒の写真が1枚。桜の花が散りかけた木の下で新入学の記念撮影。初めての小学校、初めてのクラス、初めての担任の先生。緊張した顔、ピーンと背すじ伸ばした女の子、幼き頃の私が此処にいる。この日の為に母が新調したピンクのワンピース、この写真じゃ色がわからない。隣の男の子はもっと強張った顔をしている。今でも名前を覚えているのが不思議です。あの頃も同じ時期に桜が咲いていたんですね。もう桜の木はなくなっ...
幼き頃、父の首に両手を回し抱きついた。冷たい頬に顔をこすりつけると煙草の匂いと微かな髭がチクチク痛かった。最後に抱きついたのはいつだったか。思い出せない程昔なのは確かだ。手を繋いだのは私の結婚式。お色直しの為退場する私の介添で、手を取り1歩先を歩いてくれた。父の手は大きくてザラザラしていて温かかった。ビデオの中で照れている父、嬉しそうに微笑む花嫁。最期の父の手を覚えている、忘れはしない。病院のベッ...
母には母にしか見えない友人がいます。寝ている時以外は、友人といつもおしゃべり。自分に話しかけては自分で答える母の呟きは、初対面の人には変な人間に映るでしょう。自分の心の世界に入り込む母の姿は、一切他のことを受け付けません。座り込んだらそのままで、本人が飽きるまで延々と一人喋るその姿に、やはり私には母親はいないと幼心に思いました。独りしゃべりをしていない母は、活発な女性でした。夫婦喧嘩をしては家出し...
旅人のコートを脱がそうとする<北風と太陽>の話は絵本で見て知っている。教育現場でも、叱るより誉めて伸ばしましょうと提唱している。でも人間にもいるのです、北風が・・・。私の両親は、私が生後8か月の時に離婚した。父は幼子を抱き見合いもしたという。祖母に育てられた為、おばあちゃん子になった、当然だ。どうしたことか、3歳頃突然母が戻って来たらしい。「三つ子の魂百まで」のことわざどおり、母には全くなつかない...